大塚康生プロフィール


1975
(昭和50)
3月、「ホビージャパン」誌に「決定版ソフト・スキン写真集」連載開始。(75年4月号〜8月号)
8月、「ホビージャパン」誌に「米海兵隊水陸両用車輌博物館訪問記」連載開始。(75年9月号〜12月号)
12月、「ホビージャパン」誌に「未発表写真集 ヨーロッパのカナダAFC」連載開始。(75年12月号〜76年7月号)

1976
(昭和51)
3月、「タミヤニュース」(タミヤ模型刊)に「イギリスが誇る小型四輪駆動車ランドローバー小史」を連載(76年3月号〜7月号)
6月、「ホビージャパン」誌に「第二次大戦・イギリスの装甲車」連載開始。(76年7月号〜77年4月号)

1977
(昭和52)
3月〜4月、Aプロがシンエイ動画として独立、大塚も役員として参加。 雪印の宣伝フィルム「草原の子テングリ」を初演出。宮崎、小田部がレイアウト、原画を手伝ってくれた。
秋頃、宮崎駿が日本アニメーションでテレビシーズ「未来少年コナン」を初演出することになり、同社に出向。作画監督として協力。

1978
(昭和53)
1月、「ホビージャパン」誌に「AFV写真集」連載開始。(78年2月号〜5月号) 4月4日〜10月31日、「未来少年コナン」NHKにて放映される。低視聴率。 東京ム−ビ−社長・藤岡豊が劇場用長篇アニメ「リトル・ニモ」を企画、新たに「テレコム・アニメ−ション・フイルム」社を設立。
11月頃、藤岡に懇請されてシンエイ動画を退社、東京ムービー新社に復帰。

1979
(昭和54)
4月、「ホビージャパン」誌に「アメリカ軍用オフローダー」連載開始。(79年5月号〜7月号) 劇場用「ルパン三世」第2作を担当することになり、宮崎駿に演出を依頼。宮崎もテレコムに移籍。友永和秀、富沢信雄、田中敦子 達も参加、テレコムの基礎ができる。自身は作画監督として「カリオストロの城」を4ヶ月強で完成。
12月15日、テレコム劇場用長編第1作「カリオストロの城」公開。宮崎の劇場用長編初演出作品となったが、興行的には成功しなかった。

1980
(昭和55)
テレコム劇場用長編第2作「じゃりン子チエ」の演出に日本アニメーションで「赤毛のアン」がすんだばかりの高畑勲を招聘、作画監督として小田部羊一もテレコムに招く。大塚は絵コンテ清書と共同作画監督をつとめる。 「月刊アニメージュ」(徳間書店刊)編集部の鈴木敏夫の依頼で、アニメーターとしての体験談をつづった「作画汗まみれ」を連載。(80年3月号〜82年2月号まで)

1981
(昭和56)
4月11日、映画「じゃりン子チエ」公開。
8月16日、「鈴木一」名で演出したテレビ特番「花王名人劇場・四谷怪談」フジテレビ系で放映。

1982
(昭和57)
日米合作映画「リトル・ニモ」の準備のため、数度にわたり訪米、合計11ケ月ロスアンゼルスで作業を行う。(〜88年まで)
「ニモ」はゲーリー・カーツ、宮崎、高畑、メビウス、近藤喜文/アンディー・ガスキル、その他数人の演出家がスト−リ−私案を出したが藤岡社長は迷いに迷って最後に平凡なストーリーで短期間に制作する羽目になった。89年7月に「ニモ」として公開されるも、興行的には大敗。藤岡氏は責をとって退社。平成8年3月30日、失意のうちに世を去った。

1983
(昭和58)
1月25日、ジ−プ写真集「JEEPJEEP JEEP]を発行(ホビージャパン刊)。フィリピンのマカリンタルと共著。
2月、タミヤ模型より発売された「ラジコン・バギー“WILD WILLY”」の原型デザインを担当。
12月25日、写真集「THE JEEP/FAREWELL M151 “MUTT”」を発行(ワ−ルドフォトプレス刊)。
12月31日、連載に加筆を施した著書「作画汗まみれ」発行(徳間書店刊/アニメージュ文庫)。
マカリンタル氏よりオチキスM201を譲り受ける

1984
(昭和59)
10月、「月刊モデルグラフィックス」(大日本絵画刊)創刊号より「大塚康生のおもちゃ箱」を連載。(84年11月号〜86年11月号)
10月、「アニメック」(ラポート刊)に「大塚康生のメカワールド」を連載。(84年11月号〜85年1月号)

1985
(昭和60)
ROY VAN WICKLIN氏の要請により、A1ポスター用大作「U.S.MILITARY JEEPS」を描く。各国で4000部以上が売れた。

1986
(昭和61)
4月、「PXマガジン」(ワ−ルドフォトプレス社)で“MILITARY HEHICLES”連載 1-13まで。岡本正人と共著。

1987
(昭和62)
テレコム制作の映画「ルパン三世 風魔一族の陰謀」の監修を担当。
5月30日、訳編著書「軍用ジープ」発行(徳間書店刊)。
7月31日、著書「大塚康生16歳の車の画帖/終戦直後の日本の路上にて」発行(徳間書店刊)。
12月26日、映画「ルパン三世 風魔一族の陰謀」公開。声優の新キャストなどが賛否両論となる。ロイド・ホワイト氏よりM422を購入

1988
(昭和63)
12月、「ホビージャパン」誌に「ジープ四方山話」連載開始。(89年1月号〜5月号)

1989
(平成元)
3月10日、自主発行による「軍用自動車研究誌・MVJ」を創刊。以降現在まで不定期発行を続ける。 7月15日、「ニモ」(「リトル・ニモ」から改題)公開。

1991
(平成3)
7月頃、代々木アニメ−ション学院顧問講師として迎えられ、現在までアニメーター科で教鞭をとる。
11月、自動車情報誌「NAVI」誌(二玄社刊)に「MY FAVORITE VEHICLES」連載開始。(91年12月号〜93年6月号)

1992
(平成4)
1月17日、共著書「イラストレーターの仕事・アニメーターの仕事」発行(ダイヤモンド社刊)。

1994
(平成6)
テレコムを定年退社。以後技術顧問として新入社員の初期教育にあたる。
8月10日、著書「ジープ太平洋の旅」発行(ホビージャパン刊)オーストラリアのダーシー・ミラーと共著。
11〜12月に渡米し、ESSOのCM(「ルパン三世」編)の作画監修をつとめる。

1996
(平成8)
8月4日、同人誌「大塚康生さんと語る」(高畑・宮崎作品研究所/編)発行。監修と協力。
11月27日、オールカラーの同人誌「大塚康生のおもちゃ箱」を企画・編集し、自主発行。
12月29日、コミック・マーケット51(有明・東京国際展示場)で「大塚康生のおもちゃ箱」のサイン付即売会。500部を即日完売。

1997
(平成9)
2月17日軍用車輌模型同好会「ホイ−ルナッツ」発足。名誉???会長に。
5月3日〜6月1日COMIC BOXギャラリー(東京・阿佐ヶ谷)にて「大塚康生のおもちゃ箱展」開催。
5月17日、COMIC BOX編集部にて関係者を招いたトークショー。
6月30日、「さっぽろ映画祭リターンズ'97」での「ズームアップ'60」にて「太陽の王子 ホルスの大冒険」上映。
上映後、トークショーに参加(於・札幌 共済ホール) 8月30日、パーフェクTV特別番組「アニメの歴史を創った男・大塚康生のおもちゃ箱」放映。メイン出演(9月に再放映)。

1998
(平成10)
6月7日、関係者限定誌「大塚康生はおもちゃ箱」出版記念パーティの招待を受ける。
6月19日、GAINAXより著述を集成したCD-ROM「OHTSUKA YASUO/MILITARY 4×4 GRAFFITI」発売。
8月27日、タミヤ模型・ミリタリー・モデルシリーズ30周年を記念して田宮俊作社長と対談。(静岡・タミヤ模型本社にて)「月刊アーマーモデリング/98年10月号」(大日本絵画刊)に寄稿と共に掲載。
11月20日、神戸アニメーション・フェスティバルにて審査員特別賞受賞。「長年に亘るアニメーションへの貢献にたいして」。
11月26日、NHK ETV特集「アニメーションの昭和史 2」に出演。

1999
(平成11)
5月31日〜6月5日「アヌシー国際アニメーション・フェスティバル」(於フランス)に特別ゲストとして招待される。(5月27日出国、6月9日帰国。)

作成:叶 精二

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