茶屋主人のひとりごと
第二回
尾崎さん

セルを巡る男女差

 こんなサイトが出てくると、若干弁解がましい説明が必要になる。正直にいって「老後の楽しみ亭」主人かめおさん(やばい!どことなく峠の茶屋に似ている)は全く記憶になかった。あの頃はセル漁りの女子高生が沢山いたなぁ・・といった思い出の中に埋もれてしまって見当がつかなかったのである。(先日、本人からメールを頂いて、当サイトのビジターさんでもあったことがわかったが・・)
 これでは男性諸君から「ずる〜い、女の子ばかりにあげて!」ということになりかねない。しかし、私の知る限り、当時セルを熱心に集めたのは実は女性、それも女子高生が中心で、男性は滅多にいなかったのである。
 おおらかな時代で、何処のプロダクションでも仕事に支障のないかぎり「見学」を受け入れていたから、しばしば興味深げな若者たちがやってきて、描いているアニメーターの手許を覗き込んで「へぇ〜うまいもんですねぇ」と感心したり、仕上げの職場をのぞいて「こんなに沢山の色をどうやって塗るのですか?」など、誰もウンザリするほど同じような質問をして、帰りに廊下に積み上げてあったセルなどをお土産に貰っていたもので、そんな時、女性はたいてい明るく率直で「わぁ〜ほしい」とか「もっと貰っていいですかぁ!」と無邪気に騒ぐのだが、男性は何故か本当は欲しくても、欲しくないような顔をするのが常だった。今でもそこは変わってない。「僕はどうでもいいのですが、友達にどうしても、という人がいまして・・」などと遠回しにくるから、そんならいいか、と無視されるのである。
 日本男子は「産廃」であるセルなど欲しそうな素振りは見せないのが格好いいし、東映時代でさえ「ホルス」のあと、スタジオの中庭にセルが山積みしてあっても誰も欲しがらなかった。欲しがったのはひたすらに女子高生だったのである。
 原画は当時のアニメーターが教材として保存しているらしいが、セルは聞いたことがない。思うに女性は直感的で、放映時に人気があろうがなかろうが「好き」だったら夢中になれるが、男性の方は世間の評判を気にして、判定を先延ばししたり、時を経て価値があるとなれば金を払ってでも入手しようとする傾向があって、市場価値を釣り上げるのは必ず男性の方である。金を払っている女性はみたことがない。
 「茶屋主人のひとりごと」を見た複数の女性から「ホームズなら山のように持ってます」とか、セル自体に人気のなかった「じゃりんこチエ」などは、置き場に困るほど持って行った女性が名乗り出ているが、多分ほかも似たようなもので、これが男性だったらそんなに素直に名乗り出ると思えない。
 ホルスやルパン、ホームズなどはずっと後になって欲しがる人が出てきたわけで、持ち主は女性。高値で買い取るのは男性と相場が決まっている。ちなみに東京ムービーでは数回セル泥棒に遭っているが、どれも男性の仕業だったし、最近でもサイン会で色紙に描いてあげた翌日ヤフーオーションに出したのもすべて男性である。あまりいい例ではないが、それらは男性特有の迷いと屈折なのであろう。私も若かったら「タダで貰うわけにはゆかない!」と、似たような反応をしたに違いないから、実によくわかるのである。
 それにあげる方も仏頂面をした男性よりも、若い女性の方がいいに決まっている。アニメーションの最大のお客さんは俗にいう(女、子供)と考えられていた時代、男性はシャイで欲しそうな顔をしないものだからチャンスを逃し、必然的にセルを保存しているのは女性というわけで、悪くいうと女性は子供扱いされていることになる。今もセル人気を二分しているといわれる「セーラームーン」や「エヴァンゲリオン」もきっと同じではないだろうか。



悔いの残るセル

 セルは集団作業の最後の段階で、いろいろな人の手が入って仕上がったもので、初期段階に関与したものから見ると「あそこがおかしい」「あっ!そこ直したい」といった永遠に続く悔いを持っているものである。特にテレビの動画部門は毎年多くの新人が入ってくるから、4月から彼、彼女たちが慣れる9月頃までは画質が落ちるといわれているほどで、演出や原画は動画までチェックしているわけではないから、たまに個々のセルを見ると唖然となるようなものも含まれるのもやむを得ないのだ。ディズニーでさえも同じで「美女と野獣」などはそれが極端に出ていて、中割りで顔の大きさが変化したり、細部の動きにギコチなさが目立つ。しかし、使用した原動画とセルが圧倒的に多いため、動きの中に吸収されて、素人には判別不可能なだけなのである。
 無論、どこでも動画チェックが死ぬ思いで直しているはずだが、細部を見るとまずい中割りが含まれたまま仕上げに回るのをとめることは出来ない。やたらに外注にバラ撒いた「コナン」などは酷いものであるが、描いた本人は何枚おきかに自分の絵があるのを知っているもので、そこが田中敦子さんのセルに書き込まれた宮崎さんのコメントにつながると理解して頂きたい。しかも田中さんだったからで、男性だったら「こんなものを保存しとくな!」と怒鳴られたに違いない。
 日本では、絵のうまい人はこうした(集団によって自分の絵が薄められる)ことを嫌って、出来るだけセル(動画)を少なくし、止めの美学に走るのがおわかりだろうか。予算やスケジュールだけが克明な背景や影のやたらに多い、リアルで動かないアニメーションの氾濫になっているのではない。宮崎さんのような動かしまくる人は「セルは出来れば捨ててほしい」「見るなら映画を!」といった気分があって、あれは実に率直な意見なのである。



公(おおやけ)を装う

 一方、アニメーションの資料集めは男の独占市場といっていい。キャラクター表や美術設定は女性には縁がないらしく、セルとキャラクター表を並べて「どっちがいいですか」と聞いてみたら鮮やかに男女別になる。もう一つは男性は「自分のためではない」という言い訳をするのが面白い。「宇宙戦艦大和」のあと、おびただしい数のファン・クラブが出来て、ちゃちな同人誌のための雑誌記者の真似事が流行り、全国から「会員のために」といった理由でやってきて資料やセルを求めたり、素人インタビューを試みる風潮があったが、内実は自分のためそのもので、請求の名目を作ってきただけだった。が、一人ではないというのは圧力である。そこそこ効果はあったはずだ。
 一昨年パリの日本アニメ・フエスティバルで、やや遅れてヨーロッパの日本アニメ・フアンの間でこの手法が移転していたのを見て実に楽しかった。毎日のように地元フランスばかりでなく、オランダ、ベルギー、イタリーなどからこの種の即席インタビューアーが押し寄せてきて、マイクを突きつけながら「貴方の一番好きなキャラクターは何ですか」式のありふれた質問をした挙げ句「私の読者のためにサインを」といって上質の紙を数枚差し出す。通訳をして頂いたイランさんは苦りきって「この連中、ただのフアンです。断りましょうか。あのマイクなんか電源が入ってないですよ」といってくれるのだが、わざわざベルギーから来ているのに・・・と思って引き受けると際限がなくなる。考えてみると國は別でも九州から東京に来るよりはるかに近いのである。
 私は彼等の「演技力」を採点して上手だったら、わざと騙されてサインぐらいはしてあげることにしていた。詐欺とはいえないほどの被害で済むのだから、その熱意と努力にほだされた顔をして騙されてあげるのもたまには許されてもいいだろう。
 「アニメージュ」をはじめとして、アニメーションの周辺情報が発達してきた日本では流石にこの術(て)は時代遅れで、すぐに見破られるらしく、近頃では見られなくなっている。いずれにしても、こんな苦労をしてもセル集めでは、やっぱりお色気を武器に素直に迫る女性には叶わなかったようである。
 セルのなくなった近頃、やや気になるのは原画やキャラクター集を欲しがる女性が増えはじめて、男性に熱心なセル・コレクターが出はじめるなど、逆転現象が起きていることである。男は「セルがなんだ!欲しがりません、勝つまでは!」と家業に精を出してほしい、と、某老人は秘かに思っている。

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