茶屋主人のひとりごと
第三回
尾崎さん

飲水思源(1)

 またまたルパンの話で申し訳ないが、現役を引退してもまだ「ルパン・サイン会」などに引っぱりだされて、恥をかいているものの30年前の古い話題だが、ルパンにまつわる事実の幾つかを書いてみたい。
 中国のことわざ「飲水思源」(水を飲む時、その源を思う)は中国や台湾では謝恩会などで教師を讃える時など、「先生のお蔭で今日があります」という感謝の言葉として今も生きて使われている。「ルパン」の源泉はいうまでもなくモンキー・パンチさんである。「飲水思源」式考察で「ルパン三世」を考えてみる。まずモンキーさんの絵に強い影響を与えたのは「マッド・マガジン」のモート・ドラッカー(MortDrucker)
http://www.lambiek.net/drucker_mort.htm
http://www.richmondillus.com/of_me/me28.html
であることはモンキーさん自身がしばしば語っておられるし、のちドラッカーさんともお会いになって影響を受けたことを感謝し、以来交流があるとのことなので、ここから考えてみよう。大学時代「漫画アクション」でデビューする前のモンキーさんが、ドラッカーの絵に強い影響を受けたのは主としてキャラクターのデテールの処理で、作風ではない。
 ドラッカー自身は7〜90年代、巧みな似顔絵を武器に漫画誌「マッド」にアメリカの政治家、芸能人を笑い飛ばすシリーズを連載、大変な人気を博し、多くの有名人が彼によって描かれるのを喜んでいたという人で、「マッド」は94年に廃刊になっているが、アメリカではいまだにインターネットですべて絶版になった各号とも活発に取り引きされている。
 ではそのデテールとは?連載の中から幾つかの例を拾い出してみよう。

1 スナップの利いた気取った手付き。(図-1)パイロット・フイルムで車の上に腹這いに乗ったルパンが爆弾を車内に投げ込むカット(原画・大塚)を思い出して頂くとわかりやすいが、アニメのルパンでは至る所にこれが使われている。もちろん原作「ルパン」からの流用したもので、ドラッカーからモンキーさんが学んだ粋な表現の一つでもある。パイロットでは杉井(将棋を指す銭形)、芝山(ワイングラスを持つルパン)、本編でも青木(トラックの上で水鉄砲をうつルパン)などで効果的に使用しているのがおわかりだろうか。それに毛だらけの手足。これも如何にも外人風で、私達がアニメ化にあたって大いに迷った特徴だった。アメリカン・コミックではドラッカーだけでなく普通の表現なのだが、手の甲にまで毛が生えている日本人は比較的少ないし、描く人によってためらいがあって「カリオストロ」などでは使用してない。

2 たけの短いまくりあげたようなズボン。そこから細い足が出ていて、デカイ靴はまるで「ドタ靴」のようで、如何にも大地を踏んだような存在感がある。(図-2、3)足が大きいと接地感が強調されるから私も昔から好きだったので、この表現は素直に納得出来るものであった。骨っぽいくるぶしやカクカクとした手首はドラッカーや「ルパン三世」の特徴の一つで、アニメ化にあたって私はわざわざ手足のアップだけを集めてモデル・シートに収録しておいた。ただし多用するとまるでアメコミ調になってしまうので、やり過ぎは押さえるようにしていた。

3 面白いのは次元の帽子の描き方。(図-4)ソフト・ハットはどう描いてもあんなに膨れたパンのようにモコモコッと盛り上がるはずはない、と思ってドラッカーの連載を調べてみたらを、もとはアメリカで流行っていた描き方の一つで、禁酒法時代の帽子のややくたびれた形をあらわしているものだった。アニメーターはそれを知って描くのと、そうでないのでは雰囲気が違って来るものである。

4 あごの割れ方。(図-5)これもバタくさい表現で、日本人には割れたあごの人は長島茂雄ぐらいしか思いつかないが、白人には非常に多い。初期の原作ではルパン、五右衛門、銭形に使われているが、アニメーションでは銭形だけにしてある。
 あまりにも技術的な話なので、このくらいにしておくが、アメコミのこのような細部の描き方は直輸入すると、あっさりした表現を好む日本人には受け入れられなかっただろう。モンキーさんはこうした特徴をもつキャラクターを大量に試作する中から、やがて自らのものとして「ルパン」のかたちを造型したのである。見ただけではそうはならない。よほどの量を描いたに違いない。
 漫画アクションに連載された原作「ルパン」が当初斬新ではあったものの、読者から違和感をもって迎えられ、モンキー・パンチという奇妙な名前と共に一般に馴染むのに一定の時間を要したのはここに原因があったし、テレビのファースト・シリーズの超低視聴率の理由でもあったと考えるべきであろう。
 考えてみると、「絵」には必ず影響を受けた源流がある。通常その時代に流行する絵柄や、直接の教師の癖から伝授、もしくは移転されるもので、モンキーさんのようにアメコミからの輸入で成功した例は決して多くない。原作ルパンのストーリーと構成はモンキーさん自身のもので、個々のエピソードは俳句のように端的で短い。次回はそのルパンが何処をどう通って、テレビのルパン像が生まれてきたかについて見ることにしよう。



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